episode 8 船出前 (シティアイランド N.Y.)
1986 BEFORE VOYAGE (city island of new york)


私は15年間追い求め続けてきた美術探求に挫折しました。ここに至るまでに何度かの挫折があり、その度にアフリカだったりインドだったりヒマラヤだったりと逃避求道を繰り返してきました。それは単独車でほとんど地球を一周したり、ヒマラヤ山ろくでは単独2ヶ月間の行脚をもくろんだりとしてきたのですが。ここに至ってはもう逃避求道の為の魅力ある大地は私には見当たりませんでした。そんなある日にロングアイランドベイに浮かぶヨット数千隻が憩っているシティーアイランドのヨットハーバーにあるレストランで友人と食事をしたのです!!大きなロブスターにかぶりついている我々の足の下は海でした。食事の格闘の合間に目を上げるとガラス張りの向こうは青い海と空です。そこにはたくさんのヨットが行き来をしていました。その白い船体に太陽を浴びながらうねって駆け抜けるヨットは美しく輝いていたのです。
私は16歳ではじめた相模湾での同級生とのセイリングを思い出しました。そして、東京湾の津久井浜での友人のディンギーのセイリングやモータークルージングもです。私は忘れていたものを思い出してしまったのです、求道途上では頭から除けていたヨットや海をです。絵描道に挫折してヒマラヤで恍惚のバイブレイションに浸り、真っ白になってしまっている気力の失せた私でした。私は自分にある種の目標と行動を与えなかったらNYでのこの一日一日の繰り返しさえもが持たない状態になっていたのです。
シティーアイランドの海とヨットはこの食事の間中に私の体内を駆け巡り、大西洋からパナマ、南太平洋、ゴーギャンのタヒチと航海図が焼き付けられました。その後に北上して故国日本へと向かおう。決まりでした。これからヨットを手に入れて外洋クルージングのテクニックを5年かけてマスターしよう。そして船出だ。
食事を終えたときに、この決心を私は目の前にいる友人に伝えました。それが下の写真に写っているオッカーさん〔多田千恵子)です。
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目次
ーーーーヨットの師匠ビルおじさんとの出会い
ーーーーサベイヤー
ーーーーボートカーペンター
ーーーーヨット購入
ーーーーロングアイランドサウンドクルージング、NYハーバークルージング
ーーーーバミューダー島クルージング
ーーーーブロックアイランドクルージング
ーーーーアラウンドアローン、多田雄幸、白石康二郎、斉藤実
ーーーーNY〜パナマ運河酒天童子回航
ーーーー故国へ向けて船出
ーーーーヨットの師匠ビルおじさんとの出会い
スエーデンが生んだ世界最小のオーシャンクルージングヨット、アルビンベガ27を中古で購入しました。日本からの友人奥澤ヒロシとのクルージングを楽しみました。
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世界一周単独ヨットレース、アラウンドアローンにエントリーしてニューポートへ来ていたユーコー多田に呼ばれてレーススタートを見送る事になりました。その時に日本からのヨット回航を手伝ったコージロー白石とも知り合いました。
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そしてもう一人の日本人がこのアラウンドアローンにエントリーしていました。酒天童子Uのミノル斉藤です。




ユーコー多田はレースを断念シドニーで首をつって他界しましたが、ミノル斉藤は世界一周を完走して又ニューポートへと帰ってきました。その彼の愛艇をパナマまでの回航を私はクルーとして手伝いました。その後に私は自分の愛艇ボサラ号で大西洋に船出をしたのですが!!